全国初、福島のこどもたちのための保養所「球美の里」誕生 〜「球美の里」誕生の軌跡〜


〜「球美の里」誕生の軌跡〜


プロローグ ~広河隆一さんとの出会い

私は、昨年の3.11以降、7Nature Usagiの活動の一環として、東北での支援活動を続けてまいりました。現地の状況を知るうちに、東北に自らが赴くだけではなく、福島のこどもたちを現地の惨状から少しでも解き放ってあげることができたらという思いが強くなりました。

そして、昨年の11月より、沖縄本島に家を借りて拠点を置き、福島のこども達を連れて来られる場所を探していました。そんな折、広河隆一さんという方が、沖縄で保養地を作りたいと言って、太田元県知事と握手をしている記事を読みました。広河隆一さんは、雑誌「Days Japanの編集長/ジャーナリストで、世界初のパレスチナ難民キャンプを作ったり、チェルノブイリこども基金を発足させ、チェルノブイリに2つの保養所を立ち上げて25年間サポートしている方でした。早速、広河さんに連絡をしたところ、すぐに返信があり、互いの情報を交換しました。

保養地は久米島に決定
沖縄本島には、廃校がいくつもあり、それらを保養地として利用させてくれないかと動いてみましたが、いくつかいいところまで行ったものの、後一歩というところで、断られてしまい頓挫していました。
そんな時に太田元県知事が、久米島の廃校はどうかと薦めていると言う話を広河さんの娘さんより聞きました。太田元県知事は久米島出身者でした。
翌日、私は久米島に渡り、久米島町役場企画推進プロジェクト課の長である中村さんにお会いしました。中村さんは、眼を光らせて「福島のこども達のために、ぜひ話を進めてみましょう!」と前向きな返事をしてくれました。
しかし、現状、廃校はなく、2年後に廃校になる学校はあったものの、すぐに使用するのは難しい状況でした。広河さんに「久米島は保養所に好意的です。本島の感触とは違い、非常に前向きです。ただ廃校はありません」と伝えると「すぐにそちらに話し合いに行きます。その時に高台の建物付きの土地を希望する事を伝え、候補地を見せて頂けるように話して下さい」言われました。
翌週には、広河さんと共に太田元県知事に会い、久米島に渡り、副町長を交えて話し合いが行われました。それが、今年の3月初めでした。
現地では、使われなくなった病院と陶芸村を紹介していただきました。
広河さんは、山に囲まれ三つの建物があり、高台で海が一望できる、7000m2以上の土地の、山城町にある陶芸村を保養地にする事をその場で決め、翌週には不動産屋と話をし、この土地と建物を購入されました。
そして、私の友人の安藤忠雄事務所OBでもある荒木さんが、保養所改築工事の設計を担当することになり、島の大工さん総出で、急ピッチで工事が進みました。
建物は、元米米CLUB石井竜也さんからの寄付金で修復されました。



賛同人には、石井竜也さん、宮崎駿さんら著名人が名を連ねる。

巨額の寄付をして下さった元米米CLUB石井竜也さん。「球美の里」シンボルマークを描いて下さった宮崎駿さんのほか、山田洋次さん、吉永小百合さん、加藤登紀子さん等、大勢の著名人が賛同人として同プロジェクトを応援して下さっています。

↓賛同人・賛同団体一覧はこちら↓

http://daysjapanblog.seesaa.net/article/279290419.html

いよいよオープニング、第一期受け入れ開始

3月からの3ヶ月という驚異的な早さで、久米島「球美の里」は立ち上がりました。
3名の職員、事務局長、事務担当、キッチン担当が決まり、派遣され、皆さんフル稼働で朝から晩まで休みなく、がんばっています。
宿直担当は現在も求人中ですが、当面は、Days Japanのボランティアの方が交代で担当します。
7月5日に、第一期として福島のこども達とお母さん50名を受け入れる前日まで、フル稼働で準備をしました。
問題山積みで、前々日より広河さんと私で球美の里に寝泊まりし、こども達の受け入れ時に不備がないよう、シュミレーションを重ねました。

前日には、急遽、島のお母さん達がキッチンを守ってくれる事になり、心強い助人が加わりました。
そして迎えた7月5日、2機の飛行機でこども達とそのお母さん達が到着しました。





始めは、こども達とお母さんもスタッフも慣れない様子でぎこちなかったですが、2日目には、久米島の自然に触れ、海に入り、太陽を浴びて、島民たちの笑顔に迎えられ、皆リラックスしていきました。
福島では外で遊べないこども達は、思いっきり駆け回り、自由に遊び、笑顔が溢れました。
お母さん同士もすぐに打ち解けて、福島では話す事のできない、本音を語り会いました。第一回目に参加したお母さんたちが福島に残る人たちに保養を薦めるTeam Beruf(Berufはドイツ語で天職の意)を一緒に発足させる事も約束しました。
7月8日には、島を挙げてのオープニングセレモニーが行われ、石井竜也さんも駆けつけ、多くの報道陣が現地入りし、たくさんの方が「球美の里」立ち上げを喜びました。

翌日からは、現地メディア他、NHKの特集をはじめ、朝日新聞毎日新聞東京新聞等など、多くのメディアに取り上げられています。

↓媒体一覧↓
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/279947823.html

全ての費用は皆様の募金から
「球美の里は、全国初の福島のこどものための保養所として、毎月約50名のこども達を無料で呼び、保養させます。全ての費用は募金でまかないます。
皆さまの募金のご協力をお願い致します。
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/265050587.html

保養申込について

保養申込窓口は、いわき市にある測定所「たらちね」で行います。第4回目、9月末までの応募は締め切りました。第5回目からの保養の応募はこちらからお願い致します。
http://daysjapanblog.seesaa.net/article/265049445.html

http://www.iwakisokuteishitu.com/



KUMINO SATO T-SHIRTS
シンボルマークのデザインは 球美の里 賛同人の宮崎駿さんです。デザインには「自然の力を背に受けて、みんなで力を合わせて櫓をこいで、前に進む」という気持ちが込められているそうです。一枚2000円で、こどもサイズもあります。一枚につき1000円が、保養中のこども達の食費になります。
ご注文は、こちらから
http://blogs.yahoo.co.jp/yumekom2012


ひとりでも多くのこども達に保養の機会を!

放射能被爆し続けている福島のこども達は、免疫力が低下し続けています。免疫力の低下しているこどもの中から、小児甲状腺癌になる確率が高くなって行くそうです。
甲状腺癌は転移すると最終的には、肺癌にまで達して、死に至るそうです。唯一早期発見の小児甲状腺癌なら、死をまぬがれる事ができるそうです。
保養させる事で、落ち続ける免疫力を上げ、体力と気力を養います。これを定期的に行うことでたくさんのこども達の発病リスクを防ぐのだそうです。福島のこども達の保養は急務なのです。
本件が、ニュースやメディアに大きく取り上げられる事で、福島のお母達に保養にこどもを行かせたいと思って貰い、国民が大きな声を上げ、国が保養という事に対して真剣に取り組んで貰えるようみなで動かなければなりません。

こども達を守りましょう!

こども達が私たちの未来なのだから。